○離ればなれのカップル
途中の駅で廊下の反対側の男性２組が降りる。替わって２人の男女がわれわれのコーナーに現われる。新婚早々、もしくは婚約者どうし、そんな雰囲気だ。服もラフではなく、きちんとしている。２人とも30歳前後だろうか、男が女にたえず気を回している。手にするチケットと、シートの番号を何度も照合している。
彼女のほうは、われわれがいる６人がけの椅子の予約チケットを持っているようで、指定の位置に座ろうとするが、誰もどかない。ただ彼女のために少しだけ席を空けてあげる。３人がけ椅子シートに４人がちょこんと座わることになる。彼女は、自分が握りしめたチケットの番号と座席に張られた番号を見合わせて座り、自己の正統性を主張しているのだ。
しかし、ほかの３人（うちひとりはわれわれの仲間・ラフールだが）もしっかり座りつづけている。一番心配してその様子を見守っているのは、婚約者もしくは新婚さんと思われる旦那だ。生真面目な正直者という感じの青年だ。廊下の反対側の席になる彼は、心配そうにじっと女性の様子を眺めている。なぜだ、なぜ親愛なる彼女のシートに４人も座ることになっているのだ、と。
きっと朝まで乗りつづけるのだろう、寝台が確保されるのかどうか、気がかりにちがいない。
○一件落着
制服を着た車掌が検札に来て、廊下をはさんで両側では合計８名の席に９名（対面ボックスに限れば、６名の席に７名）が鎮座している状況をチェックしている。それを、みながじいっと眺めている。
はじめから座っていた男性グループのチケットをまじまじと車掌は眺め、ふたことみこと彼らと言葉を交わし、去っていく。とくに誰かを退かすわけではない。
生真面目な男性は、ますます愛する彼女の様子を心配そうにをみつめている。
車内の隣のボックスからは、なにかを唱えるような声が聞こえてくる。家族、親族だろうか、サリーをかぶった若い娘も一緒だ。冊子を広げて、同じ旋律の歌を繰り返し歌っている。宗教唄のようだ。けっこう車内に響くが周囲も許容している。
いよいよ午後９時近くなり、寝台セット時間。それぞれが指定のベッドに収まり、はじめからいた男グループのひとりは、組み立てベッドではなく、床に寝ることに。どうやらこの男は寝台をリザーブしないチケットを持っていたようだ。
これで一件落着。若い二人は寝床は別だが、心配なくそれぞれの寝台の床に就いた。
私は中段のベッドに。窓からの風が心地よい。
 車内の人間模様を眺めていると、ラフなところもあるのだが、最後はみな譲りあい、助けあい、うまく落ち着かせている。口論や喧嘩も見ない。
酒は一切飲まない。家庭のなかまで踏みこめないから、家の中まではわからないが、パブリックな場所では、酒飲みはいないし、酔っぱらいもいない。私のような酒飲みから見れば、これは立派なことではないか。
それにしても、もう２日ほどアルコール抜きだ。日本では考えられない生活。肝臓がびっくりしている。
車両の揺れが、眠りを促してくれる。
３月２２日（土）
○アーメダバードの手前で下車
昨日車内でアーメダバードより手前の駅で降りるほうが近い、と地元民のアドバイスを受け、朝５時15分、予定していたアーメダバードより手前、パランプールで下車する。真っ暗。
夜明けまではまだ1時間ほど早い。暗いホームや駅構内では床に横になり寝ている人々があちこちに。日本の感覚でいえば、ホームレスの姿に見えるが、インドではそれは当たらない。時間待ちのための、ごく自然な行為のひとつにすぎないようだ。そのあいだを縫うように駅を出て、近くのバスターミナルまで歩く。
まだ暗いターミナルに並んだベンチにはたくさんの人が寝ている。横にある明かりの灯った小さなカフェからは、イスラム風（に聞こえる）歌が大きなボリュームでスピーカーから流れている。ここはパキスタンに近いから、イスラム風になるのだろうか。そのカフェで、ティーを注文する。チャイはいつでもどこでもおいしく感じる。
しばらくベンチに座っていると、野良風の犬がベンチの間を回ってくる。こちらの犬はみな体が細く足が長い。人間に媚びようという気持はなさそうだし、当然愛嬌なんてものはない。人間も犬にそんなものを求める気配はまったくない。
ベンチを間をうろうろしながら、なにごとかつぶやきつづける中年男が話しかけてくる。ことばがわからないので、そっぽを向く。
朝のトイレタイム。ターミナルの奧に設けられた暗いトイレに意を決して入るが、用をすますことができない。ふう。
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