(6) 連行される
○いとしのコーラ
ラパールのまちは強烈なカオスのように感じられる。
通りの両側には商店がぎっしりと並び、人がやけに多い。今日はここに宿を求めなければならない。メインストリートからははずれた道にホテルをみつける。
ホテルの管理人室でアルバイトのような青年のあとに姿を見せた若い男は、黒い髪をしっかり撫でつけて、目つきは鋭い。都会のビジネススタイルの洗礼を受けているようだ。
見せてくれた部屋と、契約し実際に案内された部屋が違う。クレームを付けるが受け入れてくれない。こちらはラフールと局長、そして私の3人だが、部屋にはツインのベッドだけ。3人目のベッドは床に敷くもの。抗議をするが、かわされる。目の鋭いマネージャー青年は手強い。
トイレで朝できなかった用を足す。ここのトイレも、蛇口から出てくる水をカップにためて、流したり指を洗う、インド典型のスタイル。水洗ではない。その脇の水シャワーで体を洗う。
靴を脱ぎ、ベッドで足を伸ばし、少し冷えたガラスボトルのペプシを飲む。うまい。インドに来てからは、アルコールはなし。毎日ビールを飲んでいた私にはしんどい。
一日の楽しみはコーラかファンタを飲むことだ。デリーやこのあたりではコカ・コーラはほとんど見ない。ペプシだ。ちびりちびりの飲む。ビールはないのだから、ビールを飲みたいという欲求自体は起きない。ただ、炭酸飲料でよいから、喉を潤したい。
天井には回転音をうならせる巨大ファン。その下のベッドでしばし仮眠をとる。
○ポリスに連行さる
 ここですることはとくにないので、まだ陽の高い街を歩くことにする。
店の並ぶ狭い通りを歩いていると、オートバイに乗った二人の男が後ろからやって来て、私たちの横に止まる。なかなか立派な２台のオートバイだ。
胸から証明書のようなものを取り出して、こちらに見せる。私にはわからないが、どうやらポリスのよう。なんでポリスに呼び止められなければならないのだろう。私はことのなりゆきを黙ってみているしかない。周囲から大勢の人が集まってくる。
しばらくのやりとりをしていると、バイクの後ろに乗せられて、三人は連行される。私は１台のバイクの後ろに。ラフールと局長は別の１台の後ろに。
街の人たちの視線が集まる中、ポリスに連れて行かれた先は、町の外れにある倉庫のようなところ。小さな建物の鍵を開け、中に入れられ、座らされる。
机のほかには、ほとんど物が置かれていない殺風景な部屋だ。
机の前に座った警官は、パスポートの提示を求める。
3人が差し出したそれをじっと眺めノートに写してから、ポリスは、しばらくして、ノープロブレムとつぶやき、われわれに握手を求める。
やれやれ、一件落着。
まあ、誤解されることはあっても、せいぜい１泊くらいで済むだろうとは思っていたが、いやはや、いろいろあるものだ。連行したのは、通りで尋問を続けると、通行人が集まり始めたので、騒ぎが大きくなるのを怖れたのかもしれない。
○丸一日ぶりにテーブルで食事
解放されて、夕暮れのラパールの町をぶらぶら歩く。喧騒のメインストリートから外れれば、静かな住宅街もある。
小道を歩いていると、母親と一緒に散歩していた女の子が、ハウアーユーと握手を求めてくる。女の子と、まだ若い母親に笑顔で応える。
別の民家からは、小さな女の子が手を振り、寄ってくる。片言の英語で話しかけてくる。英語の勉強をしているのかもしれない。
おそらくガイジンがこの町を歩いている姿は滅多にないのだろう。
小さなビルの中二階にあるカフェに入る。ちょうど、テーブルに蝋燭の灯が灯される時間。椅子に座り落ち着いた空間で食事をするのは、丸一日以上ぶりだ。
カレーとやや塩味の強いラッシーで夕食とする。ふだんはよく食べる私も、さすがにかなり食欲が落ちている。わずかだが、野菜があるのがうれしい。しかし、出された一皿をきれいにするだけでせいいっぱい。
○動物たちの階級
 ホテルは3階建てだろうか。中庭を囲むような建物のデザインは、たしかモロッコあたりにあったようなちょっとお洒落なデザイン。
屋上から夜空を眺め、街を見下ろす。
ペプシやファンタを売る店、タバコを売る店の灯りが少しずつ消える。
ここでは夜は、犬や豚が活躍する時間のようだ。テリトリー外のよそ者犬が一匹やってくると、土地の犬が猛然と吠えて追い出す。
 そのうち豚（インドの豚は猪のようだ）クンのグループがよそ者の犬を囲み攻撃をしかける。よそ者の犬が倒れこむと、人々が駆け寄り、豚の群れに石を投げ、犬を助ける。すると、犬はよろよろしながら、道から消えていく。
そのあとも豚クンのグループは根城のゴミ場周辺でそうとうに荒れている。なかなか獰猛なちょっと不良っぽい連中で、そうとうに興奮している。
牛とラクダは別格で、動物の階層は豚が上位で犬は下位にあるようだ。エリア内では犬は豚の下に置かれ、両者ともにうまくやっているようだ。
牛クンは別格
夜空を眺めると、北斗七星はじめ星が満天に広がる。
ほっとするひとときだ。
局長はそのままホテル屋上にシュラーフを敷いて寝るつもりのようだが、わたしは部屋に戻りベッドで横になる。ただ、この部屋はトイレとつながっていて、トイレの臭いが鼻を衝いてくる。屋上で寝てもよいが、蚊に刺されそう。だから、部屋を閉め切り、用意してきた、螺旋状の古風な蚊取り線香にライターで火を付ける。
そして、天井の扇風機を回す。ところが、扇風機はなぜか、ときどき止まってしまう。モーターの音が消えて、ストンと止まることが何度も。どうやら停電がよくあるようだ。すると、暑さで汗が出て、寝苦しい。
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